大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 昭和39年(ワ)272号 判決

原告 有限会社ニユーヨーク理容院

被告 国 外一名

代理人 川本権祐 外三名

主文

被告国は原告に対し一九六二年式前期ニツサンセドリツクカスタム車体番号(G30―2―01217改さんにより現在G30―2―01242普通乗用車一台を引渡せ。原告の被告国に対するその余の請求並びに被告南海自動車工業株式会社に対する請求を棄却する。

訴訟費用中原告と被告南海自動車工業株式会社との間に生じた部分は原告の負担とし、原告と被告国との間に生じた部分はこれを四分し、その三を原告、その一を被告国の各負担とする。

第一項に限り原告は金五万円の担保を供してかりにこれを執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

一、(証拠省略)並びに弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。

本件自動車は原告が昭和三六年一〇月三〇日新車として購入所有したものであるが、便宜上原告会社の代表者である石井明義個人の所有名義で登録がなされた。ところが、本件自動車は昭和三七年九月七日大阪市内において、極めて大規模且つ巧妙な自動車窃盗団の一味の窃取するところとなり、右一味の者において車体番号G30―2―01217の17の部分を42と打替えた上、他より入手した新規登録用謄本の自動車の表示欄を改ざんして「ニツサン六二年前期G30―2―1242」となし、右偽造にかかる新規登録用謄本を用いて藤元キミなる者の名義で大阪府陸運事務所に本件自動車の道路運送車輛法第二二条にもとづく新規登録を申請し、同事務所係官を欺いて新規登録を完了した上自動車検査証の交付を受け、亀田高蔵の斡旋で中古車の売買等を業とする大城自動車工場こと大城吉雄に右自動車を売渡した。大城はこれを古物商の鑑札を有して中古車の売買を主業務とする三洋自動車こと森本一夫に売渡し、森本は同年一〇月更にこれを代金六五五、〇〇〇円で自動車修理販売業を営む被告会社に売渡し、被告会社は交付を受けた所要書類にもとづき中間を省略して藤元キミ名義から被告会社名義に直接有権移転登録手続をした。ついで被告会社は同年一一月二二日被告国に代金七六〇、〇〇〇円(下取車代一〇、〇〇〇円を含む)で売渡し、近畿公安調査局名義に所有権移転登録手続をなした(右両被告間の売買については争いがない。)被告会社及び被告国の取引担当者はいずれも本件自動車の買受に際し、授受された自動車検査証と本件自動の車番体号を照合してみたが、それ以上売主の所有権の有無を確認するための特別の措置はとらなかつた。

以上の認定を覆えすに足る証拠はなく、右認定事実によれば被告等はいずれも本件自動車をこれにつき何等権利を有しない窃盗団一味の者から転々譲渡を受けたものに過ぎないから、その所有権を取得するに由なく、本件自動車の所有権は依然として原告に存するものといわねばならない。

二、被告等は民法第一九二条ないし同第一九四条の適用を云々するのでこの点につき考えるに、既登録自動車に即時収得が認められるか否かは説の分れるところであるが、当裁判所は登録を公示方法とし権利変動の対抗要件とする既登録自動車は取引上即時取得の保護を与えられるべき動産とは解しがたいので、即時取得を定めた民法第一九二条並びにその特則(同法第一九三条)の特則である同法第一九四条はいずれも既登録自動車には適用がないものと解する。そして、本件自動車が石井明義名義で適法に登録せられた自動車であつたことは前認定のとおりであつて、昭和三八年五月八日右登録の抹消がなされたことは原告の自認するところであるけれども、被告等の買受け当時にはなお右登録は存していたことになるから、この点に関する被告等の主張は理由がないというべきである。

三、そうすると、原告は本件自動車の所有者であるところ、被告国が現に右自動車を占有使用していることは同被告の明らかに争わないところであるから、原告は同被告に対し所有権にもとづく右自動車の引渡請求権を有することは明らかである。よつて、被告国に対し本件自動車の引渡を求める原告の請求は正当として認容すべきである。

四、次に代償請求の当否について考えるに、特定物の引渡請求、殊に契約上の請求権によるものでなく物権的請求権にもとづく特定物の引渡請求について、本来の意味の履行不能を条件とする代償請求の許されるべきことは当然であるとしても、原告の求める如き単なる執行不能を条件とする代償請求が許されるか否かは理論的に疑わしい。しかし今右の点はしばらく措くとしても、本件においては填補賠償額を決定すべき口頭弁論終結時における本件自動車の保有価格を確認するに足る資料がないから、結局原告主張の代償請求権を肯認するに由ないものである。被告国の買入価格は前認定の如く金七六〇、〇〇〇円であり、証人木原昭治の証言によると昭和四〇年一二月当時における一九六二年式前期ニツサンセドリツクカスタムの一般市場価格は二三〇、〇〇〇円位であることが認められるが、自動車の価格が時日の経過及びその使用状態如何によつて著しく変動するものであることは顕著な事実であるから、右の程度の資料によつては、本件自動車自体の現存価格を具体的に確定することはできない。

よつて、本件代償請求は失当として棄却を免れない。

五、進んで、被告両名に対する不法行為にもとづく損害賠償請求について判断する。

原告は被告等がいずれも本件自動車買受にあたりその売主に所有権ありと信じるについて過失があつたものと主張するのであるが、前認定の如く被告等はいずれも公の業者から正規の自動車検査証を授受して本件自動車を買受け、右検査証と車体番号を照合してその合致することにより権利の存在を確認したものであつて、前記石橋信一、徳田楢男の各証言及び検証の結果によると、右車体番号の打替えは極めて巧妙に行なわれたもので、改さんした42の部分が心持ちくぼんだように見えるほか外見上何等打替えの痕跡を残していないことが認められるから、原告主張の如く被告等が右車体番号打替えの事実を看過したことを以て被告等の過失とすることができない。

また、成程原告主張の如く打替えられたG30―2―01242の車体番号についてニツサンセドリツクの販売元等を詳細に調査したならば、果して右車体番号を有する自動車が販売せられた事実があるかどうか、販売せられたとすればどのような経路をたどつているかということが明らかになり、その結果前記藤元キミひいてはその承継人である被告等の前主が正当な権利者でないことが判明する可能性がなかつたとはいえないが、右調査は必ずしも容易であるとは考えられないし、前説示の如き被告等の取引の態容に鑑みると、右の如き調査を怠つたからといつて、これを以て被告等に過失ありとすることは相当でない。

結局、被告等には原告主張の過失はなかつたことになるから、その余の判断をするまでもなく、右過失を前提とする不法行為による損害賠償請求も失当として棄却を免れない。

六、よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 胡田勲)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例